カテゴリー
2020年アニメ

アニメ映画「聲の形」完全初見レビュー

TVアニメ「聲の形」公式サイト
TVアニメ「聲の形」公式Twitter

TVアニメ「聲の形」公式Twitterより
©大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会

2016年に公開されたアニメ映画「聲の形」が2020年7月31日に『金曜ロードSHOW!』で放送された。以前から名前だけは聞いていたがこれを機に完全初見で視聴することにした。視聴後のレビューや感想などを綴っていこうと思う。原作に関する知識は皆無なので、アニメから得られる情報のみに基づいて記事を書いていきます。ネタバレを含みますのでこれより先は本編をまだ見ていない方はご注意ください。

・全体像
・私はすべての元凶は学校側全体の対応の悪さだと思っている
・今度は石田さんがいじめられる
・高校生になって
・達観して物事を見ることが出来ない人たち
・もっと2人でいる時間を大切にしてほしい
・早見沙織さんについて
・手話を知らない人が見逃しがちな重要なシーン
・最後に

・全体像

TVアニメ「聲の形」公式Twitterより
©大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会

右の画像は高校生になった主人公の男性と女性の画像だ。アニメ本編では導入部分として、小学生の頃に彼らやその友達などの学校で過ごすシーンで始まる。生まれつき耳が聞こえない西宮硝子(にしみや しょうこ:画像左)は石田将也(いしだ しょうや:画像右)が通う小学校に転校してくる。石田は硝子をいじめる加害者側の人間となって、そののちに自身がいじめられることとなる。いじめる側の気持ちと、いじめられる側の気持ちの両方を経験し、人の痛みや孤独感、一生消えることのない加害者としての黒歴史を背負う石田は高校生になって彼女に会いに行くことになる。小学生の頃硝子をいじめた他の人たちや、石田の高校での同級生なども含めた登場人物一同は高校生になった硝子と出会い、自分の過去の行いや彼女に対する自身の認識と向き合うことになる。

・私はすべての元凶は学校側全体の対応の悪さだと思っている

TVアニメ「聲の形」公式Twitterより
©大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会

彼女は会話をする、しゃべる、歌う、空気を読むなど、硝子以外の人ができる当たり前のことができないということでいじめを受ける。いじめはいけないことだ、しかし、加害者側の人間をここで非難するのは安直である。ここで重要となってくるのは「教師」という存在である。私はアニメが始まってすぐ違和感を覚えたのだが、耳が聞こえない硝子がいるのにもかかわらず他のクラスメイトと同じ教室で全く同じ条件で授業を受けさせているのである。先生の声が届かないのに一体彼は何を考えて授業を行っているのか?と疑問に思った。彼女に対する配慮が何一つできていないのである。対策は色々と存在するのではないだろうか。

・①手話の魅力を伝える
・②担任を手話ができる人に変更する
・③担任はそのままでもいいが、授業のときには手話ができる人を配属する
・④クラスメイトが嫌がらないよう最善の配慮を施す(下で詳しく説明する)

などなど実装可能な策というものはある。もし一人の少女のために対策することができないとか言っているならば、それはそもそも学校側の対応が悪すぎるのが問題である。
①例えば作中では手話を覚えていきましょうという対策を施そうとしていたが、子供たちが面倒だと言って結局誰一人として手話を行っていなかった(1人手話を行うことにした生徒がいたが、すぐに学校に来なくなる)。その発言を呈したあの女性の先生が一体何者なのかわからないが、もし手話通訳士の資格を持っている身分の者であれば、職務放棄に近いことをしていることになる。手話通訳士であって、手話の魅力を伝えられないとか言っている場合でもないし、現にいじめが起きているではないか。「いじめが起きていることを知らなかった。」は言い訳だ。そもそも手話すらできないのであれば、手話ができない人間が手話の魅力なんて語れるはずがない。
いじめが起きてしまうことも想定した上で最善の配慮を施す」ことこそが学校側のすべき対応だ。いじめを行える環境を作っておいて「誰がいじめを行った?」とか聞くこと自体お門違いだ、無責任にもほどがある。
②も③も実装できそうなことである、この世に手話通訳士がいないなんてことはないはずだ。そこらへんの手配を怠っている学校側の配慮の欠如に強い憤りを覚える。

TVアニメ「聲の形」公式Twitterより
©大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会

④の「クラスメイトが嫌がること」についてだが、アニメ本編では「手話を面倒くさがるシーン」や「音楽の授業でうまくいかないシーン」などが描写される。音楽の合唱において硝子がいることでクラスメイトが不満に感じていると読み取れるシーンだ。これに関しては解決策が少なくかなり難しい問題だが、そもそも合唱ではない別のコンクールにするとか、ピアノの楽譜のページをめくってもらう担当に回ってもらうとかそういった策も思い浮かぶ。実際にピアノできる人から聞いたことあるのだが、「演奏途中に楽譜をめくってくれる人がそばにいてくれたほうが助かる」と考える人も中にはいるらしい。これがバイオリニストであれば欠かすことのできない必須の役割なのだ。バイオリンって基本両手を使うので楽譜のページがめくれないのだ。ピアニストであっても、音を途切れさせないようにするために助っ人がいてくれれば助かるはずだ。これはあくまで一例だが、彼女のために何かしらの策が立てられたのではないだろうか?
これを言うと「彼女に歌わせてあげないのか?」と非難する人もいるかもしれない。もちろん私としては歌ってほしいと思っている。しかし、他のクラスメイトの不満が高まって彼女を嫌うことになってしまっていては焼け石に水、これではまるでいじめを助長させていることになるのではないだろうか。
私が強く主張したいのは「そもそもいじめに発展しないような環境を子どもたちに作ってあげること」がとても大切だということだ。「先生」が悪いと意見する人もいるかもしれない。それはその通りなのだが、先生というよりかはむしろ「学校側全体としての対応」の方がすべての元凶であると私は思っている。

・今度は石田さんがいじめられる

TVアニメ「聲の形」公式Twitterより
©大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会

・担任に硝子のいじめに手を染めたことを咎められる。そのときに「お前らも一緒になっていじめてた。」と他の人もいじめ加担者として指摘し、クラスメイトを敵に回すこととなった。少しはいじめられてる人の気持ちが理解できたのかと思いながら視聴していたが、この段階ではまだ硝子に対して攻撃的な態度をとっている。石田の机に「消えろ」など辛辣な言葉が書かれた机の落書きを消してくれている硝子のやさしさを素直に受け止めきれずにいるのだ。

・高校生になって

TVアニメ「聲の形」公式Twitterより
©大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会

高校生になった石田は反省してもしきれない重い十字架を背負っていて、会っていいのかどうかもわからないが硝子のところに訪問する。硝子はとても穏和で寛容な人格をしており、過去にいじめを行った人物に対してでも決して咎めたりしなかった。石田の方もとても反省しているようだし、すべてではないがこの段階でひとまず彼なりのけじめをつけることができたと言えるかもしれない。

・達観して物事を見ることが出来ない人たち

TVアニメ「聲の形」公式サイトより
©大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会

植野直花(うえのなおか)は小学生時代の石田や硝子の同級生でいじめ加担者である。高校生になって少しは精神的に大人になったのかなと思いきや硝子と再会して早々にまだしょうもない嫌がらせを行う(作中では補聴器を無理に耳からとる行為に及んだ)。高校生になった植野に対する第一印象は最悪である。石田は一度いじめを受けていて、その後、孤立する側の人間となってしまったため、いじめを受ける人の気持ちを噛み締める時間というものがあった。しかし、植野はいわゆる「リア充」側の人間であり人の痛みに対する理解や経験が浅い。物事や目の前で起きている事象を客観的に見ることが出来ない、(はっきり言って)脅威の存在として私の目には映った。石田に好意を抱いているようだが、小学生のときに保身のため石田を加害者として罪をなすり付けている描写もあったため、この調子だと硝子にももっと酷いことしそうだな言う悪い印象を私に植え付けた。

TVアニメ「聲の形」公式サイトより
©大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会

川井みき(かわいみき)も植野同様、石田や硝子の小学生の頃の同級生で、直接的に加担したわけではないがいじめを見過ごしていた(本人は止めたと主張している)側の人間だ。高校生になった彼女もまた「リア充」側の立場でクラスの人とうまく付き合っている人物であるが、周囲にいい人だと思わせることが上手で猫をかぶっている節があるように思える。小学生の頃自身のいじめ加担を全否定し、高校生になってもなおその信念は曲がっていないようだ。植野とは未だに連絡を取り合う間柄であり、偽善者ぶっているところがあり、舌先三寸な点も目立つので一周回って滑稽だ。彼女もまた植野同様、実際に起きた過去の出来事なども含めて、自分の置かれている状況を俯瞰しながら物事を見ていくことができない未熟なまま成長した存在だと言える。

・もっと2人でいる時間を大切にしてほしい

TVアニメ「聲の形」公式Twitterより
©大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会

最終的にアニメでは、石田以外の過去のいじめ加担組の側の人間(島田を含む)が改心した風な演出となっておりハッピーエンドに近い形でアニメは幕を閉じることとなる。私としては正直植野とも川井とも今後二度と関わってほしくないと思うのだが…。作中で石田の高校でのクラスメイトの真柴智(ましばさとし)というという男性も登場するのだが、彼については情報が少なくていまいち人物像が掴めない。「いじめとか許せない」みたいなことを言っていたが正直口先だけの言葉かもしれないし、真意が掴めないので出来れば関わってほしくない。
石田、永束(ながつか)、硝子、結絃(ゆづる)、の4人しか関わってなかった頃の状態のままずっと過ごしてほしかった、その後に植野と川井を介入させたことで再度災いを呼ぶ羽目になるのだから。保守的でいてもかまわない。一度は自殺を考えることもあったが、その後の石田の望みは硝子に献身的でいることであったはずだ。結絃は硝子の一番の理解者であることは言うまでもない。永束も自転車をパクられるところを石田に助けてもらったことだってある、その出来事の恩恵を忘れずにいる姿勢のようなものも感じられるため彼は信用できるところがある。
したがって、以上の4名で過ごしているあの時間がもっと必要であると思うし、最終回以降であっても硝子に植野や川井を近づけてほしくないと願うばかりだ。そしてなにより、石田と硝子の2人でいる時間をもっと大切にしてほしい、彼ら2人にしか感じることのできない「想い」をしっかり共有してほしい、そしてもっともっとお互いを理解してほしい、心底そう思います。

・早見沙織さんについて

この記事を書いてる私も実際に耳が聞こえない人と(同じクラスになったことはないが)同級生でいた時期があった。実際にその人と話したこともあるのだが、早見沙織さんが当てた声はしっかり耳が聞こえない人が発する声のような感じであり、彼女は耳が聞こえない人の役を演じ切れていると私は確信した。おそらく、このアニメの世界観を崩さないようにするために相当苦労を重ねて声を当てたことだと思う。我々は早見沙織さんが硝子役を引き受けてくれたことに感謝しなければならないし、魂を込めて演じた早見沙織さんの想いを受け取り、十二分にそれを感じ取らなければならない。

公式サイト スペシャル 「アフレコを終えての感想」より
引用元→公式サイト アフレコを終えての感想
©大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会

・手話を知らない人が見逃しがちな重要なシーン

先に謝っておきたいんですが、私は公式関連のコンテンツで公開されている画像しか使わない主義だったんですがどうしても伝えたいシーンがあるのでネット見つけた画像を使用いたします、何か問題があれば画像は消しますので…。

©大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会
画像引用元→原作知らない人の、映画「聲の形」の理解

私は映画を見ている間は小学生の頃の硝子はあまり弱みを見せない強い子なのだなと思いながら視聴していた。他人に迷惑が掛かっていることは硝子自身も十分に理解していて、それでも前向きに生きている女の子なのかなと思っていた。しかし、まったくもってそんなことはなかった。右の画像の両手をグーにして縦にそろえるこの動作は自殺願望を意味しているらしい。要するに「死にたい」だ。ご覧の通り、特に字幕もないので、これだけの描写では手話を知らない人に対しては伝わらないだろう、私もまったくわからなかった。視聴後にこれが「死にたい」という気持ちを表しているということを知ってやっと、「硝子が転校したこと」、「結絃が石田と硝子を会わせようとしなかったこと」「結絃が動物や昆虫の死体の写真ばかり集めていたこと」などの本当の意味が理解できるのだ。もし、アニメ本編をこれから視聴するという人がこの記事を読んでいるのであれば、この描写を意識していただきたい。

・最後に

私は上記の通り、耳が聞こえない人と同級生だった時期がある。そして足が不自由で車いすに乗って過ごしている人とクラスメイトにもなったことがある。そして何より私自身が食物アレルギーということで(いじめこそなかったが)みんなと同じ給食を食べられないことで色眼鏡で見られたりしないだろうかとか考えて、他の人と比べて「異質」な存在の自分をひどく嫌っていた時期があった。あと、小学生の頃は楽しかった、言い換えると充実した生活を送ることが出来たが、高校生ではいわゆる「ぼっち」側の人間だった。2人組を作れと先生に言われ、余ってしまってクラスメイトに哀れな視線を向けられた経験もしたことがある。私は石田将也側の人間と似た経験もしてるし、西宮硝子側の人間と似た経験もしている。もちろん、まったく同じ苦しみを感じたと言い切る自信なんてないため、「同じ」経験と言うつもりは毛頭ない。私がいた学校では、私含め、耳が聞こえない子も、足が不自由な子も最善の配慮がなされていた。だからこそ、このアニメにおける学校側の対応の悪さを問題視せずにはいられなかった。私の学校では耳が聞こえない同級生のいるクラスの人たちは手話を使って会話していたんだけどな。実際に手話で会話している姿も見たことがある。この小学校は結局硝子さんをほったらかしにしてるんだもんな。あまり長くなりすぎても読者様が疲れてくるでしょうから、今回はこの辺で終わります、失礼します。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です